留学時代に始まったフリーメールの使用から、インターネット不可欠の生活へ

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留学時代に始まったフリーメールの使用から、インターネット不可欠の生活へ

40代男性の方より頂いたメッセージです。

インターネットの普及は、長距離間のコミュニケーションをより手軽に、より便利にしてきました。私は個人的に、フリーアドレスのメールが登場することによって爆発的に利用者を伸ばしたという印象をもっています。さらに、MSNのメッセンジャーのようなチャットツールが流行すると、コミュニケーションは時差や場所も無関係にシームレスに展開するようになりました。そしてノートPCも安価になってくると、コミュニケーションの可能性を拡張したミクシーといったコミュニティサービスが流行し、それからもフェイスブックやツイッターなどがSNS(ソーシャルネットワークサービス)と呼ばれて急速に普及しました。

 

個人がいかにしてインターネットに触れ、どっぷりと浸かるようになっていったのか。人の数だけストーリーがあると思います。ここでは私のインターネットの使用歴を紹介したいと思います。私はフリーメールがとっかかりでした。おそらく、ポケベルや携帯電話のメッセージ機能を扱うようになっていた頃から意識改革は始まっていたのかもしれません。

海外留学への準備

メール

私が最初にインターネットを利用するようになったのは、今から25年以上前の大学2年生頃でした。そのころにはポケベルからピッチ、そして携帯電話へと通信デバイスも進化していて、ちょうど携帯電話でのメッセージのやりとりが日常になったころでした。大学2年に進学してから中国への長期語学留学が決まると、フリーのメールアドレスを作っておくようにアドバイスされました。

 

日本国内にいるときは携帯電話のメッセージ機能で問題はなかったけど、海外に渡航して家族と連絡をとるにはコレクトコールや国際電話のような選択肢しかありませんでした。それがフリーのメールアドレスを使うことで連絡が取りやすくなるとわかり、便利になりそうだと驚いたものです。最初に登録したのは、MSNのHotmailでした。

中国で経験したインターネットの進化

中国

1998年ごろ、私は中国の内陸部の大学に語学留学しました。当時、中国の地方にはまだネットカフェというものはありませんでした。中国もようやくインターネットサービスが始まったころでしたが、庶民にはまだ普及していませんでした。たまたま大学の近くに、ひっそりとメールの送受信を代行する個人経営の店がありました。今では考えられないことですが、その店主のアドレスを使って知り合いや家族と連絡を取るというシステムでした。1通受け取る、1通送信するのに、いちいちいくらか料金がかかり、返信するためにPCを借りると10分単位でお金を支払う必要がありました。せっかく用意しておいたフリーアドレスのHotmailでしたが、まだ当時は環境が整っておらず、スピードが遅すぎて使えませんでした。

 

技術の進歩は目まぐるしいもので、数か月後には欧米人や留学生が集まるカフェに一人10分の制限つきで自由に使えるデスクトップが1台置かれました。コーヒーや飲み物を注文して、そこで時々個人のメールアドレスでメールをチェックするようになりました。それでも、家族とたまにメールをやり取りするだけで、基本的に国際電話が連絡手段でしたし、メールを使う機会はほとんどありませんでした。私が本格的にメールを使うようになったのは、中国で知り合ったイタリア人女性と付き合うようになってから、それも彼女が帰国してからでした。

 

お互い語学留学だったので帰国という避けられない別れがありました。私の方はさらに長期で現地の大学へ編入することを決心していたので、1年の交際期間後は別々の道を歩むことになりました。貧乏学生には連絡手段が限られました。イタリア人の彼女は、当時たしか、まだ携帯電話を使っていなくて、寮の電話しか使えない、といっていた気がします。そのため、彼女の帰国後はメールを使って連絡を取り合うようになりました。寂しさもあって最初は毎日のようにメールで日々の暮らしについてメールをやり取りしていました。文通です。

 

彼女とのメール文通はしばらく続き、私は大学の長期休暇の際に日本に一時帰国し、短期バイトをかんばって安い自作PC(ノートPCではなくミニタワーのデスクトップ本体)を購入して中国に持ち帰りました。現地でモニターを購入して、アパートを友人と一緒に借りて住み、ネット回線をつないでもらい、自室でMSNのメッセンジャーを使って彼女とチャットをするようになったのでした。ちなみに、その後、彼女は大学の長期休暇に私を2度訪ねてきました。なんだかんだ2年ほど文通をつづけました。最終的には恋愛関係は解消しましたが、今でもフェイスブックでつながっていて数年前には10年ぶりに再会もしました。

 

PCは卒業論文を書くためにも使用しましたが、PCを所有するとその便利さに慣れてしまい、生活に不可欠なツールと変化していきました。その後、日本に帰国するとノートPCを購入し、ネットサーフィンやアマゾンでオンラインの物品購入といったネットライフにどっぷり浸かる生活が始まりました。今ではインターネットは自分の意識の一部のような感覚さえあります。ネットにつないでいないと、知識がうまく展開しない、人とのつながりやコミュニケーションが欠如してしまうという錯覚すらあります。それだけ生活に不可欠なものになりました。私はメールの使用がインターネットを使用するとっかかりでしたが、これからはメタバースなど仮想空間が若い人たちの日常のあたりまえになっていくのでしょう。